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トウカイテイオー急死  過去の栄光、伝説

90年代の競馬シーンを語る上でなくてはならない存在、トウカイテイオーがこの世を去った。



皇帝の息子として

 シンボリルドルフは無敗で三冠を達成した日本競馬史上最強のサラブレッドだが、スパルタで鍛えられたその完璧なまでの能力はかえって遺伝しにくいのではないか。そういう声も聞かれたが、初年度から父を越えかねない超大物を送り出した。それがトウカイテイオーである。
 トウカイテイオーはシンボリルドルフとナイスダンサーを父に持つトウカイナチュラルとの間に生まれた。はじめ長浜牧場ではオークス馬トウカイローマンとルドルフとの交配を考えていたが、トウカイローマンが現役を続行する事になったため、代わりに妹のトウカイナチュラルが相手として選ばれたのである。そのような偶然から生まれたテイオーは額から鼻筋にかけて美しい流星を持ち、すらっとしたスタイルのいい馬だったが、どちらかといえばひ弱さの目立つ馬であった。ただ、脚の飛節が地面につくほど柔らかく、牧場の柵を飛び越えるなど全身のバネは卓越したものがあった。
 安田隆行を鞍上に迎えて12月の中京でデビュー戦を飾ったトウカイテイオーは、その後はあまり無理をさせたくないとの陣営の考えから、重賞を使わずに皐月賞トライアルの若葉賞まで順調に勝ち星を重ね、皐月賞では1番人気に支持された。そして直線ミスターシービー産駒のシャコーグレイドが猛然と追い込んでは来たものの悠然と先頭でゴールインし、父に続いてクラシック第一冠を制した。鞍上の安田隆行は、シンボリルドルフの岡部幸雄に習い、三冠のうちのまず一冠を表す一本指を突き上げた。
 日本ダービーではもはやライバルと言える馬はおらず、他馬とは全く次元の違う走りで悠々と二冠達成。父と同じく無敗でのダービー制覇であった。安田は二本目の指を突き上げもはや親子三冠も確実、そう思われたのもつかの間トウカイテイオーはレース中に骨折していたことが判明、三冠制覇の夢ははかなく消えた。ここまではルドルフの後を追うような競争生活をしてきたトウカイテイオーだったが、この骨折をきっかけに波乱に満ちた運命に導かれていく。
奇跡の有馬記念

 6歳になったテイオーは春シーズンの復活を目指して調教を続けるもここで3度目の骨折。ようやく復帰にこぎつけることが出来たのは1年ぶりになる有馬記念だった。しかしかつてテイオーの主戦だった岡部幸夫はその年の菊花賞馬でファン投票1位に支持されたビワハヤヒデを選び、また1年前の有馬記念で惨敗した事や近年まれにみる好メンバーがそろったことでテイオーは4番人気にしか過ぎなかった。
 しかし鞍上の田原成貴はテイオーの背でかつてない心地よさを感じていた。ゲートが開き、メジロパーマーが逃げる展開。トウカイテイオーもいつにない好スタートを切っていた。そして第4コーナーにさしかかり、岡部ビワハヤヒデが満を持して先頭に立ったところ、1年ぶりのトウカイテイオーが外からかわしにかかる。
「トウカイテイオーだ、トウカイテイオーが来た!!」
 必死にくいさがるビワハヤヒデに対し、テイオーも田原の激励に応えるかのように最後の力を振り絞り、見事1年ぶりの復活を成し遂げた。鞍上の田原は普段は歯に衣着せぬしゃべりで問題発言になることもある男だが、今度ばかりは涙を浮かべながら「彼自身がつかんだ勝利です。」とテイオーを讃えた。
 その後テイオーはまだ獲得していない天皇賞を目標に調整されたが、4度目の骨折。さすがに今度ばかりは復活することなく引退となった。
4d02c338.jpg
GI4勝の記録とともに記憶に残る名馬だった。

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